はじめまして。私はどこにでもいる限界社会人です。脳内はいつも「死」についての会議中です。
ここで出会ったということは、あなたも「死にたい」と思っているのでしょうか。
私にはあなたを救う文章を紡ぐことはできませんが、せっかくの出会いなのでよかったら最後まで見ていってください。
「死にたい」という気持ちは、世間ではマイノリティな感情だと感じます。
「今日のラーメン屋さんおいしかったね!」くらいの軽い気持ちで私は語り合いたいと思っていても、大多数の人は「どうしたの?」「力になるよ」「気分転換しよう!」と事態を好転させようとしてくれます。
人とのつながりが希薄になっていく現代で、このように声をかけてくれる人がいるだけでも私は大変恵まれている人間だと思います。そういった環境に身を置けてとることに感謝もしています。しかし一方で、心のどこかで「死にたい」という気持ちを受け入れてもらうことができなかったと感じてしまう自分もいるのです。贅沢者ですよね。
ですが、死を選ぶことはそんなに悪いことなのでしょうか?
自分で自分の人生の終わりを決められるのですから、私的にはむしろ良い選択なのではないかと思います。長生きをしなければいけないなんて誰が決めたのでしょうか。正しく健康に生きることだけが良い人生なのでしょうか。私の人生は私のものなんですから、私が満足することが一番なんじゃないでしょうか。
だから私は、期限を決めました。その時まで後悔のないように、やりたいことを全力でやろうと決めました。今こうして文章を書いていることもその1つです。おかげで今はとてもポジティブな気持ちで「死」と向き合っています。
とはいっても、本当につらくてつらくて何も考えられないくらいだったらもう死んでいるんじゃないかと思います。それでもいまだ死にもせず人生を謳歌しているのは、心のどこかでわずかな希望に期待している自分がいるのでしょう。やりたいことをやっていたらやっぱり死にたくない、なんて思う日がくるかもしれない。もしかしたら、生きたい、と思える理由ができるかもしれない。なんて。未練たらたらってわけです。
けど、期限がきたらきっちり人生を終わりにしよう。これが今の私の考えです。
あまりこういうことをネットの海に流すのは良くないことなのかもしれませんが、どこかにいるかもしれない仲間の心に残ってくれたらいいなと思ったので文章にしてみました。自己満足です。
「死にたい」という感情は決して悪いことではない。
幸せの保証もない未来のために今の苦しみにたえるくらいなら、今を確実に楽しんで終わりたい。
あわよくば、同じように思う仲間ができたらいいなとかいう自分語りでした。
みんなもやりたいことはやれるうちに全力でやろうね。